さいとうれんたろう
おかしライター

1981年、ニューヨーク大学へ英語留学。その後、メイン芸術大学(絵画、彫刻、陶芸) を経て、ニューヨークパーソンズデザイン大学ファッションデザイン学科卒業。クチュー ル系デザイナーに師事後、デザイナーとして活動。2001年2月、日本に帰国。デザイナー 、コーディネーター、翻訳、通訳などしながら、気ままに執筆/創作活動中。

11.18.2010

1980年代初頭"New York"の混沌



時代のディフィニッション(definition)というのは、ある程度の時間が経って再構築されるような気がします。数年前から80'sブームだけど、リアルにその時代を生きた者からすると「あれ、そんなんだっけ?」と違和感を感じることがあります。しかし、繰り返し「80年代は、こうだった」と擦り込まれているうちに「そんな感じだったかもしれない」という気分になってきたりするもんであったりもするのです。僕自身はというと、80年代の殆どをニューヨークで過ごしていたわけで・・・同じ体験して"時代"を共感し合える人というのも、日本には殆どいなかったりするのですが。


さて「リキッド・スカイ」は1980年代初頭のニューヨークを舞台にしたSF映画。当時、モデルとしても活躍していたアン・カーライルが、美しい少年と美しい女性の2役を中性的に妖しく演じています。UFOがマンハッタンにやってきて、ドラッグやセックスの快楽をエネルギーとして吸収し、次々と人々が消されていくのでありますが・・・物語の意味の分からなさや安っぽい作りをツッコまずに、サイケデリックなドラッグ体験のような映像や、ヘンテコリンな台詞やシチュエーションを楽しんじゃお〜という映画です。


イーストビレッジのナイトクラブ、クラブ系のファッション、アンドロジナスなセクシャリティー、ドラッグの日常性など・・・「あの時代」の空気感や風俗が散りばめられています。「あの時代」とは「AIDS」が蔓延する直前の、セックス、ドラッグやり放題の隆盛と退廃を極めた「あの時代」であります。当時のニューヨークのクラブ系ファションは、ディスコ、モッズ、パンク、サイケなフーチャリズム、無機質感、などがミックスしていました。これらが整理されて「ニューウェーブ」と呼ばれるスタイルになっていくわけですが・・・この映画には、当時のニューヨークの「ファッション」「ドラッグ」「セックス」の混沌としたカルチャーを記録しているという意味でも、貴重な映像なのです。


僕が初めてこの映画を観たのは、アートスクールに入学したばかりの頃。友人らとマリファナを吸って、ぶっ飛んだ状態で観たのですが、ある意味、この映画の見方としては王道でありまして・・・ドラッグでトリップしながら観る"カルト映画"として、数年間上映され続けることになります。後にビデオ化された際に改めて観なおしたら、実際のニューヨークとは随分と違うなぁ・・・と思うところもあったのですが、今となってはこの映画の風景も、僕の1980年代初頭のニューヨークの記憶の一つになっているのです。


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11.15.2010

何の意味もない"ディヴァイン"がスゴい!



毎度エグいトップ画像で失礼しております。今回は目が腐っちゃうかもしれないけど勘弁してね。


ジョン・ウォーターズ監督の「ピンクフラミンゴ」を初めて観たのは、1970年代末、"黙壷子フィルムアーカイブ"が、新宿で催していた怪しい自主上映会でした。ストーリーは"ディヴァイン"の家族とマーブル兄妹が「どちらが世界で最も下品か?」を競うとうものなんだけど・・・この映画を語ろうとすると「犬のウ○コを"ディヴァイン"が食う」に尽きてしまうのであります。


映画としてもメチャクチャで・・・構図、カット割り、編集などの知識もないままに撮っているもんだから、妙な長回し、急なズームアップ、落ち着きのないカメラワークと、映画作りの基本とか、まるで無視。舞台劇のドキュメンタリーのように"まったり"としているにも関わらず観入ってしまうのは、映画の中で行われていることが、あまりにも異常だからに他なりません。


製作費は、監督の両親からの出資(!)だったそうですが、撮影機材は勝手に地方のテレビ局や学校から持ち出して撮影したっていうのだから"したたか"と言うか、なんと言うか。勿論ロケは無許可で、誰かの屋敷の前でウンコしちゃったり、公園でオチンチン露出しちゃったりして、ほぼ犯罪!セックスの最中にニワトリを圧死させて興奮したり、監禁した女性に生ませた子供をレズビアンカップルに売り飛ばしたり、警察官を惨殺して食べちゃったり、法廷まがいのことをして処刑したり、倫理もクソもあったもんじゃありません。エンディング直前「世界で最も下品な人」を証明するかのように「犬のウ○コを"ディヴァイン"が食う!」というシーンとなるわけですが・・・ここまでやらないと終わりようのない映画ではあったのでした。


このようにアンチ・モラルに満ちた映画って、時に政治的だったり、社会的な解釈をされ"がち"ではありますが・・・「ピングフラミンゴ」が"素晴らしい"のは、そんな思想がないところ。あらゆるモラルに反した「最低」なことが彼らにとっては「最高」なことで、それを世間に見せつけて「最低」って罵られることによって、もっと「最高」っていう・・・どうしようもない変態アナーキスト。犬のウ○コを"ディヴァイン"が食おうが、どうしようが「何の意味もない」のであります。


どんな思想より「何の意味もない」ことこそが、衝撃を与え続けられること(製作されてから、もうすぐ40年!)を証明してしまった・・・逆説的な意味でジョン・ウォーターズは「思想家」であったのかもしれません。


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11.09.2010

汚れた聖女"トララ"の墜落と救済



「ブルックリン最終出口」は、いくつかの話が並行して描かれる1952年のブルックリンを舞台にした群像劇です。当時は労働組合が経営者側と争いが激化していく、アメリカ繁栄のフィフティーズ前夜という時代であります。原作では、それほどのページは裂かれていませんが・・・映画版(1989年製作)で最もインパクトのあるエピソードが、ジェニファー・ジェイソン・リー演じる"街娼トララ"の物語です。


トララは、相当な「アバズレ女」でありまして・・・不良仲間の男たちに客を襲わせて金を奪ったり、引っ掛けた兵隊を酔い潰して金を盗むなんて、日常茶飯事。彼女の家族や家庭については、映画でもまったく描かれませんが・・・彼女は、ひとりで強く生きている"ワーキングガール"なのであります。


ある日、トララはマンハッタンのバーで、田舎者の若い将校と出会います。彼女にしてみれば、普段ブルックリンで引っ掛けるような雑魚の兵士とは違う「でっかい金蔓」です。新しい服を買ってもらい、上機嫌で将校とデートを重ねます・・・出征時には、大金を彼女に支払ってくれることを期待して。しかし、そのアテは、大きく外れることとなります。純粋な将校は、現金を彼女に手渡すこともなく、再び会えることを願うロマンチックなラブレターだけを手渡して去っていってしまうのです。


大金を手にし損ね、やけっぱちになったトララは、ブルックリンの場末のバーに戻り、いつも以上に男漁りを始めます。しかし、その夜に限って誰も彼女には見向きもしません。酒を浴びるように飲んでベロンベロンになった挙げ句・・・男達からの注目を浴びようと、トララは胸をはだけて、こう叫ぶのです。


『西洋で一番のオッパイやでぇ~!』と。

(実際はブルックリン訛りで、大阪弁ではありませんので・・・あしからず)


これは、若い将校が彼女にかけた優しい言葉。実際は「西洋で一番かなぁ?」とツッコミたくなるよう"お胸"ではあるのですが・・・トララは、その"称号"を自負するかのように胸を張ってみせます。そして大勢の男達を挑発して、ゴミ置き場で自分を代わる代わる犯させるのです。まるで、肉体の痛みによって、愛に気付き始めた自分の心を払拭させるかのように!


そんなトララにも"救済"が用意されています。彼女を崇拝し憧れる少年の存在です。汚れきったトララに、彼は嗚咽しながら服を着せるのですが、トララは聖母のように彼を優しく抱きしめます。それは、新約聖書の"マグダナのマリア"のように・・・売女と軽蔑されるている者こそが、本当は最も清き者であることを証明しているのであります!!!


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11.04.2010

崇高なる"あやや"の魔性っぷり!



"杉浦亜弥"のはなしではありません・・・"あやや"と言えば、大御所「若尾文子」に決まっているのでございます。


現在、ソフトバンクのCM「箱根篇」では、50歳(!)の年齢差を超えて松田翔太と婚約する祖母役を演じている・・・若尾文子。大映の看板女優として君臨していた1960年代には、その美しさで異彩を放っていたことを忘れてはいけません。特に、奇才増村保造監督による「卍」は、"あやや"の魅力の頂点を極めた作品のひとつと言えましょう。


「卍(まんじ)」は、谷崎潤一郎原作の"エロ文芸作品"の定番・・・「女優を脱がす映画」として繰り返し映画化されていれています。この映画がつくられたのは1964年、まだポルノ映画など存在していない時代・・・ヌードシーンも極めて控えめ、写実的なセックスシーンなんて一切ありません。当時としては衝撃的なビアンのラブシーンも精神的な関係を誇張して描かれています。しかし"あやや"と"きょんきょん"(岸田今日子)のコラボは、ふたりのセクシーな低音ボイスの"へんちくりんな大阪弁"と相まって、鳥肌がたつほどエロティックなのです。


物語は、弁護士の妻・園子(岸田今日子)が、絵の教室で出会った令嬢・光子(若尾文子)とドロドロの同性愛関係に堕ちていくというもの。令嬢の恋人・綿貫(川津祐介)だけでなく、弁護士の旦那・孝太郎(船越英二)までも、光子に翻弄させられていくのです。身悶えしながら恋い焦がれる岸田今日子の執着も、男としての尊厳も失っていく川津祐介の卑屈さも、我を失って抜け殻のようになっていく船越英二の崇拝も・・・"あやや"の奔放な魔性っぷりを前にすると、愛憎の奈落の底へ堕ちていってしまうのは「当然のこと!」として、納得させてしまうのであります。性的に不能の綿貫、ヒステリー気味で不感症の園子、セックスレスで情熱のない孝太郎は、光子という太陽のような菩薩(はたまた悪魔か?)によって初めて自らのリピドーを確認することが出来たのです。性別やセクシャリティーを超えて欲情させてしまう・・・"あやや"は、そんな女優なのでした。


絶頂期の"あやや"の妖しい美貌は、男に触れられると汚れてしまうような"ビアン的な崇高さ"を感じさせています。実生活で二度の結婚をしている"あやや"ですが、"デザイナー"(西館宏幸)と"建築家"(黒川紀章)という職業の「大きなエゴ」と「高い美意識」を持っていたであろう男性と結ばれた・・・という事も、まったくもって頷けるのです。


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11.01.2010

"濃い"やつ始めま〜す!



お初でございます・・・"おかしライター"こと、さいとうれんたろう、と申します。


まずは、自己紹介・・・普段は"おネエ系"ではない"野郎系"(きゃ~言ってみたかったの)のゲイの"おじさん"であります。"おかしライター"として今まで書いてきたブログとか、その他諸々のことは「めのおかし」という、書きたい放題やっているブログの方をご覧頂ければ、なんとな~く分かると思いますので、お暇なときにでもチェックしてみてください。別に"お菓子"について書いてきたわけじゃないこと分かるから・・・。


ウラノ姐さん(Crossroads)の指令により、このたび、ボブリン(Stereo Flag)が管理人を努めるブログポータルサイト「Chain Reactions」に参加させて頂くことになりました。いよいよ始動した第2フェーズ・・・次なる「刺客」のひとりであります。


"濃い"方を担当(?)ということで・・・マニアックな映画まわりのお話を、時におしゃれに、時にはディープに、語らせてもらおうかと思っております。健康的で爽やかな「Chain Reactions」の読者の方々には「こういうの苦手、ついていけな~い」とおっしゃる人もいらっしゃるかもしれませんが・・・徐々に馴れて下さいませ!いろんなモンに対する免疫力は確実に活性化すると思うから!


時々、"おじさん"の様々なキャラが出てくるかもしれません・・・「やさぐれた少女」とか、「硝子の心をもった少年」とか、「口うるさいオバサン」とか、「エッチな親父」とか。でも、それは、"おじさん"が映画をとっても大好きだから。好きな人のことを、どういう風にどこが好きかのかを話そうとすると、無我夢中になって興奮してしまうでしょう?でも、ツイッターが流行る今の時代、みなさま長〜い話は苦手だと思うので・・・サクサクっと読めるように、頑張りますっ!


食わず嫌いせずに読んでね・・・ってことで、まずは第一印象が大切。とりあえず「こういう方向性なの!」ってことを分かって頂くためにも、いきなりではありますが、"おじさん"の好きな映画の5本指に入る、日本劇場未公開1981年製作のアメリカ映画「愛と憎しみの伝説(原題/Mommie Dearest)」から、フェイ・ダナウェイ怪演シーンで幕を開けましょう!この映画については、いずれお話しすることにはなるとは思いますが・・・ホラー映画ではなく、ジョーン・クロフォードという昔のハリウッド女優さんの伝記映画ですから、あしからず!


それでは、みなさま、これから、よろしくっす!(最後は体育会系で決めてみたわ)


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