さいとうれんたろうおかしライター
1981年、ニューヨーク大学へ英語留学。その後、メイン芸術大学(絵画、彫刻、陶芸) を経て、ニューヨークパーソンズデザイン大学ファッションデザイン学科卒業。クチュー ル系デザイナーに師事後、デザイナーとして活動。2001年2月、日本に帰国。デザイナー 、コーディネーター、翻訳、通訳などしながら、気ままに執筆/創作活動中。
01.09.2012
"おとこ"を乗り換えて"おんな"は進化するのよ!
ボヤボヤしてたら2012年になってました。今年もヨロシクお願いいたします。
ボクのようなアラフィフ世代にとって・・・ジェーン・フォンダという女優は、女性映画ブームの中で「自立する女」の象徴でした。「ジュリア」(77年)「帰郷」(78年)「チャイナ・シンドローム」(79年)「9時から5時まで」(80年)は、商業的な成功や役者としての名誉だけでなく、政治的影響や当時の社会を反映させていた作品に続けて主演した、まさに「時代を代表する女優」だったのです。
そんなジェーン・フォンダの最初の結婚相手は、フランスの映画監督ロジェ・ヴァデム。この監督・・・とにかく無類の女好き。ブリジット・バルドーと結婚してセックスシンボルとしてスターに仕立て上げ、バルドーとの離婚後にはデンマーク人女優と結婚して、エロティック映画でデビューさせます。その女優との離婚後すぐに、カトリーヌ・ドヌーブと交際(息子はもうけるが結婚はせず)し、またしても自分の映画に起用。女優を手篭めにして輝かせる手管は見事としか言えません。
ジェーン・フォンダとは1965年に結婚。勿論、数々のエロティック映画に主演させることになるのですが・・・その中でもカルト映画として人気があるのが「バーバレラ」であります。その後「自立する女」として知られることになるジェーン・フォンダとは思えないエロさ爆発です。今観ると他愛ないお色気ムービーですが、製作当時(1968年)に乳首出しはほぼポルノ!
でも、エロ監督に騙されて脱がされた・・・というわけではないようです。ヘンリー・フォンダの娘として映画デビューしたものパッとしなかったジェーン・フォンの魅力を輝かせたのは、実はロジェ・ヴァデム。フランス経由で国際女優として認められ・・・売春婦を演じた「コールガール」ではアカデミー主演女優賞を手にしてしまうのですから。
1970年代初頭、ベトナム戦争の反戦運動を支援し始める頃にはヴァデムとはとっくに別れて、同じ志をもつ政治活動家のトム・ハイドンと結婚。その後、1982年からは、フィットネスブームに便乗して、エアロビクスのビデオを発売して、バカ売れ!自立した女性像から、レオタード姿のエアロビ姐さんとして変身を遂げます。1991年にはCNNの創立者でテッド・ターナーとの3度目の結婚・・・女優として第一線から退く頃には、超金持ちのメディア王との結婚生活。あえて女優という仕事をする必然性はありません。
男を入れ替えながら、実は、力を持った男達を踏み台にして人生を切り開いていったジェーン・フォンダは「自立する女」という以上に「したたかな女」であったのです。
*ところでロバート・ロドリゲス監督による「バーバレラ」リメイクの噂はどうなったのだろう?

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