さいとうれんたろう
おかしライター

1981年、ニューヨーク大学へ英語留学。その後、メイン芸術大学(絵画、彫刻、陶芸) を経て、ニューヨークパーソンズデザイン大学ファッションデザイン学科卒業。クチュー ル系デザイナーに師事後、デザイナーとして活動。2001年2月、日本に帰国。デザイナー 、コーディネーター、翻訳、通訳などしながら、気ままに執筆/創作活動中。

10.20.2011

僕は大きくなったら"女の子"になるの!



ボクが子供の頃(約40年ほど前)には「おとこおんな」などと、侮蔑的に呼ばれていた"女の子みたいな男の子"・・・今では立派に「性同一障害」なんて病名(?)まで付けられて、条件さえ満たせば、戸籍の性別を変更することも可能という時代になりました。しかし、いくら「おネエ系タレント」が流行りだからといって、もしも自分の息子、兄弟、夫、または父親から「女になりたい」と訴えられて「はい、そうですか」と受け入れられるものではありません。


1997年製作のベルギー映画「ぼくのバラ色の人生」は、「女の子」になりたい「男の子」を受け入れていく家族のお話です。タイトル通り(フランス語原題も同じ意味)のプラスティックな極彩色に満ち溢れたポップな映像美と、家族の素朴な愛情を感じさせる描写によって、本作はデリケートなテーマを扱いながらも、シリアスさを感じさせません。


7歳の男の子、リュドヴィック(ジョルジュ・デュ・フレネ)の夢は、テレビ番組の憧れのキャラクターの"パム"が住んでいるような極彩色の美しい世界で、女の子になって、父親の上司の息子のジュロームと結婚すること。「オカマ」なんて言葉の意味さえ知らない純粋なリュドヴィックだから「女の子になりたい」という願いを叶えてあげたくなってしまいます。


アメリカほどではないにしてもヨーロッパでも「男は男らしく」という観念というのは意外に強いようで・・・リュドヴィックも周辺からは差別的な扱いを受けてしいます。学芸会でお姫さま役に成り済まして舞台に上がったことで、リュドヴィックは学校から退学処分。両親は精神科医に相談に通ったり、髪を切ったりして、男らしくさせようとしますが、リュドヴィック自身、自分が「男の子」なのか「女の子」なのか分からず、自殺未遂を計ったりします。頑に「女の子」になろうとするリュドヴィックのせいで、父親は仕事を失うはめになってしまい、一家は引っ越すことになります。


その引っ越し先で、クリスティーヌ/クリスという「男の子」になりたい「女の子」とリュドヴィックが友達になったことで、試行錯誤してきた両親は気付かされます。「男の子」でも「女の子」でも、自分たちの子供であることには変わらない・・・戸惑いながらもリュドヴィックの心を理解するのです。


「男の娘」の出現を予言していたかのような本作・・・男女の性差というのが、希薄なれば、なるほど「男らしさ」「女らしさ」にこだわるのは"同性愛者"なのかもしれないと思ってしまいました。


ぼくのバラ色の人生.jpg