さいとうれんたろうおかしライター
1981年、ニューヨーク大学へ英語留学。その後、メイン芸術大学(絵画、彫刻、陶芸) を経て、ニューヨークパーソンズデザイン大学ファッションデザイン学科卒業。クチュー ル系デザイナーに師事後、デザイナーとして活動。2001年2月、日本に帰国。デザイナー 、コーディネーター、翻訳、通訳などしながら、気ままに執筆/創作活動中。
02.05.2012
"鞭"をふるって"玉の輿"にのるわ!
19世紀後半のオーストリアの伯爵で「毛皮のヴィーナス」などの著書により、肉体的な苦痛を快感と感じる"マゾヒズム"の語源となった作家マゾッホ・・・医師夫人だったアンナ・コトウィッツや、奴隷契約書を交わした女優マニー・ピストールなどの女性遍歴を経て、本作「作家マゾッホ 愛の日々」の主人公で、妻となるワンダことアウローラ・リューメリンと出会うのです。
彼女は貸本屋小説を読み耽って"玉の輿"を夢見ていた貧しい出身のお針子だったそうですが、生活のため売春婦でもあったとも言われています。上流階級に成り上がる手段として、名家の出であったマゾッホに狙いを定め「毛皮のヴィーナス」の主人公と同じ名前の"ワンダ"を名乗り、マゾッホにファンレターを書きます。当時の常識からすると大胆で積極的な行動が功を博したのか、彼女は思惑通りマゾッホ夫人の座を射止めることとなります。そして、マゾッホは彼女に「ワンダ」を名乗らせて、貴婦人のように仕立て上げていくのです。さらに、想像力を刺激して創作意欲を挑発し続けるために、彼女と奴隷契約書を交わして、小説の筋書き通りのプレイを強要し、隷従していったのであります。
映画では「いやよ、いやよ」と言いながら、鞭をふるい、ブーツで踏みつけたり、マゾッホの目の前で他の男とセックスさせられた・・・ということになっているのですが、マゾッホの性癖を利用して、まんまと"玉の輿"にのったほどの彼女にとって、そのような倒錯的な行為をすることこそ、妻の立場を守る方法であったのかもしれません。しかし、マゾッホは結婚後も、女中のマリー、助産婦のツュルビゼッガー夫人など数多くの女と変態セックスに興じていたのありますから、どうしようもありません。仕舞いに、マゾッホはフルダ・マイスターという若い女性と愛し合うようになり、彼女の元を去っていきます。それでも彼女はマゾッホ夫人であることを主張し続けたというのですから、上流階級への執着は捨てられなかったのでしょうか?最後には「毛皮のヴィーナス」の主人公のように、ひとり取り残されてしまったということです。
本作は「父パドーレ・パドローネ」などで知られるタヴァアーニ兄弟の下の弟フランコ・ブロジ・タヴァアーニ監督による1980年製作の文芸エロティック。重厚な作風とマゾッホ演じるパオロ・マルコの怪演が相まって、不思議な雰囲気を漂わせた作品に仕上がっております。ただ、内容的には下世話なエロということもあってか、今では日本国内のレンタル落ちビデオが僅かに出回っているぐらいで、世界的にみても「観ることの難しい映画」のひとつになってしまっているのは、残念極まりないことであります。

01.09.2012
"おとこ"を乗り換えて"おんな"は進化するのよ!
ボヤボヤしてたら2012年になってました。今年もヨロシクお願いいたします。
ボクのようなアラフィフ世代にとって・・・ジェーン・フォンダという女優は、女性映画ブームの中で「自立する女」の象徴でした。「ジュリア」(77年)「帰郷」(78年)「チャイナ・シンドローム」(79年)「9時から5時まで」(80年)は、商業的な成功や役者としての名誉だけでなく、政治的影響や当時の社会を反映させていた作品に続けて主演した、まさに「時代を代表する女優」だったのです。
そんなジェーン・フォンダの最初の結婚相手は、フランスの映画監督ロジェ・ヴァデム。この監督・・・とにかく無類の女好き。ブリジット・バルドーと結婚してセックスシンボルとしてスターに仕立て上げ、バルドーとの離婚後にはデンマーク人女優と結婚して、エロティック映画でデビューさせます。その女優との離婚後すぐに、カトリーヌ・ドヌーブと交際(息子はもうけるが結婚はせず)し、またしても自分の映画に起用。女優を手篭めにして輝かせる手管は見事としか言えません。
ジェーン・フォンダとは1965年に結婚。勿論、数々のエロティック映画に主演させることになるのですが・・・その中でもカルト映画として人気があるのが「バーバレラ」であります。その後「自立する女」として知られることになるジェーン・フォンダとは思えないエロさ爆発です。今観ると他愛ないお色気ムービーですが、製作当時(1968年)に乳首出しはほぼポルノ!
でも、エロ監督に騙されて脱がされた・・・というわけではないようです。ヘンリー・フォンダの娘として映画デビューしたものパッとしなかったジェーン・フォンの魅力を輝かせたのは、実はロジェ・ヴァデム。フランス経由で国際女優として認められ・・・売春婦を演じた「コールガール」ではアカデミー主演女優賞を手にしてしまうのですから。
1970年代初頭、ベトナム戦争の反戦運動を支援し始める頃にはヴァデムとはとっくに別れて、同じ志をもつ政治活動家のトム・ハイドンと結婚。その後、1982年からは、フィットネスブームに便乗して、エアロビクスのビデオを発売して、バカ売れ!自立した女性像から、レオタード姿のエアロビ姐さんとして変身を遂げます。1991年にはCNNの創立者でテッド・ターナーとの3度目の結婚・・・女優として第一線から退く頃には、超金持ちのメディア王との結婚生活。あえて女優という仕事をする必然性はありません。
男を入れ替えながら、実は、力を持った男達を踏み台にして人生を切り開いていったジェーン・フォンダは「自立する女」という以上に「したたかな女」であったのです。
*ところでロバート・ロドリゲス監督による「バーバレラ」リメイクの噂はどうなったのだろう?

11.01.2011
2年目もよろしくお願いします
ウラノ女史からボブリンへの"Chain Reactions"で繋がったブログの輪・・・「おかしのみみ」を開始して2年目に突入となりました。スタート当時よりも、更新頻度は鈍っておりますが、持続にこそ意味があると信じて続けるつもりですので、今後もよろしくお願いします。
さて、ボクにとって最も重要な映画作品ベスト3のひとつ「愛と憎しみの伝説」については「おかしのみみ」でも取り上げましたが・・・ふたつめの「ジプシー」について語る時がきたようです。実は、この作品についても「めのおかしブログ」で詳しく書いていますので、興味のある方はチェックしてみてください。
「ジプシー」は、またしても「母と娘」の確執の物語であります。バーレスクの劇場を回るファミリー・ミュージカル劇団を取り仕切るステージママのローズ(エセル.マーマン)と、「可愛くない」「才能ない」と虐げられてきた長女のルイーズ(ナタリー・ウッド)の愛憎の物語・・・となれば、ボクの大好物でない"はず"がありません。
成長したルイーズが、ストリッパーの衣装を身につけ、化粧をした後、鏡の中の自分の美しさに気付くシーンは感涙ものであります・・・「Mama! I'm pretty/ママ、私ってキレイだわ!」と納得するようにつぶやき、生まれて初めてのストリップを演じるのですから。翌年(1963年)ナタリー・ウッドの主演した「ウエストサイド物語」の有名なナンバー「I Feel Pretty」と、どこかしらリンクするようなシーンです。
ミュージカルナンバーとしても圧巻なのは「Let Me Entertain You/あなたを楽しまさせて」を歌いながら、ルイーズが徐々にストリッパーとして自信に満ちてくるシークエンスです。ゲイでならずとも"キャンプ・テイスト"のカタルシスに昇天してしまうはず。
ボクの最も好きなシーンは、今や社交界でもてはやされるほどの大スターになったジプシー・ローズ・リーことルイーズの元に、厄介者のように扱われる母親のローズが、楽屋を訪ねてくるところでしょう。相変わらず、あれこれ指示をする母親ローズにルイーズは震える声で訴えます。
「Look at me, mother! I'm a STAR!/ママ、私をみて!私はスターよ!」
このシーンを観るたび、ボクはルイーズと同化してしまうのです。自分はストリップの女王ジプシー・ローズ・リーになのだと陶酔して・・・この映画は、すでにボクの"血"となり"肉"となってしまっているのであります!

10.20.2011
僕は大きくなったら"女の子"になるの!
ボクが子供の頃(約40年ほど前)には「おとこおんな」などと、侮蔑的に呼ばれていた"女の子みたいな男の子"・・・今では立派に「性同一障害」なんて病名(?)まで付けられて、条件さえ満たせば、戸籍の性別を変更することも可能という時代になりました。しかし、いくら「おネエ系タレント」が流行りだからといって、もしも自分の息子、兄弟、夫、または父親から「女になりたい」と訴えられて「はい、そうですか」と受け入れられるものではありません。
1997年製作のベルギー映画「ぼくのバラ色の人生」は、「女の子」になりたい「男の子」を受け入れていく家族のお話です。タイトル通り(フランス語原題も同じ意味)のプラスティックな極彩色に満ち溢れたポップな映像美と、家族の素朴な愛情を感じさせる描写によって、本作はデリケートなテーマを扱いながらも、シリアスさを感じさせません。
7歳の男の子、リュドヴィック(ジョルジュ・デュ・フレネ)の夢は、テレビ番組の憧れのキャラクターの"パム"が住んでいるような極彩色の美しい世界で、女の子になって、父親の上司の息子のジュロームと結婚すること。「オカマ」なんて言葉の意味さえ知らない純粋なリュドヴィックだから「女の子になりたい」という願いを叶えてあげたくなってしまいます。
アメリカほどではないにしてもヨーロッパでも「男は男らしく」という観念というのは意外に強いようで・・・リュドヴィックも周辺からは差別的な扱いを受けてしいます。学芸会でお姫さま役に成り済まして舞台に上がったことで、リュドヴィックは学校から退学処分。両親は精神科医に相談に通ったり、髪を切ったりして、男らしくさせようとしますが、リュドヴィック自身、自分が「男の子」なのか「女の子」なのか分からず、自殺未遂を計ったりします。頑に「女の子」になろうとするリュドヴィックのせいで、父親は仕事を失うはめになってしまい、一家は引っ越すことになります。
その引っ越し先で、クリスティーヌ/クリスという「男の子」になりたい「女の子」とリュドヴィックが友達になったことで、試行錯誤してきた両親は気付かされます。「男の子」でも「女の子」でも、自分たちの子供であることには変わらない・・・戸惑いながらもリュドヴィックの心を理解するのです。
「男の娘」の出現を予言していたかのような本作・・・男女の性差というのが、希薄なれば、なるほど「男らしさ」「女らしさ」にこだわるのは"同性愛者"なのかもしれないと思ってしまいました。

09.21.2011
巨乳でビッチが"おしゃれ"なの~
1960年頃から"ソフトコアポルノ映画"を撮り続けていたラス・メイヤー監督の作品は、アメリカではアンダーグラウンドなカルト映画として、キッチュ大好きのゲイや女性上位の世界観に共感するレズビアンにも人気があります。日本では数年前に、ほぼ全作(18作)を劇場公開する映画祭が開催され、DVDボックスも発売されました。エッチな親父が自己資金(!)で製作から、脚本、撮影、監督、編集までやっていた"ソフトコア映画"も、今では"おしゃれ映画"となり女性客を集める・・・かつては女性人権運動家から敵視されたジャンルの映画も、時代が変われば、受け取られ方も変わるものだということなのです。
ラス・メイヤーと言えば・・・出演している女優は全員「巨乳」ということ。その上、出てくる女性は皆、積極的な淫乱女ばかりという男のスケベ願望ストレートな存在。出てくる男性も男性で、筋肉隆々のマッチョとか、男臭くて毛深い田舎者とか、絶倫な肉食系ばかり・・・ラス・メイヤー映画の世界では、誰もが性本能剥き出しで行動するのが"アタリマエ"なのであります。おしゃれ感ならば、巨乳ビッチの女王"トゥラ・サターナ"(実は日系人!)主演の「ファスター・プッシィキャット!キル!キル!」という東映ピンキー映画のルーツのようなエロティック&バイオレンスな映画がベストですが・・・ラス・メイヤーらしい作品となると「ヴィクセン」ではないでしょうか?
カナダの大自然を舞台に、釣りの客のガイドと結婚した若妻ヴィクセンの、自由奔放なセックスライフを描いた作品なのですが・・・森林レンジャーから、釣り客の夫婦(旦那も奥さんもどちらとも!)、そして自分の弟までとエッチしてしまうのだからトンでもありません。生魚をしゃぶったり、胸の谷間に入れたりしながら、踊って誘惑する「フィッシュダンス」は"エロティック"を超えて"シュール"であります。
しかし、エロだけでなく、人種差別、ベトナム戦争の徴兵制度、共産主義といった政治的な要素をぶち込んで、風刺に満ちているのがラス・メイヤーの面白さ。ヴィクセンの弟の親友はアメリカの徴兵制度から逃げてきたアメリカ黒人という設定なのですが、ヴィクセンの彼に対する人種差別っぷりは圧倒的。「サンボ」と呼び捨て「体臭が臭い」などと言いたい放題・・・本作製作当時(1968年)には存在していたであろう人種差別をあからさまにする白人を嘲笑しながらも、差別されている黒人側の問題も皮肉まじりにヴィクセンに指摘させているところはさすが!
差別的な表現を規制する現在では絶対に耳にすることのない台詞の数々こそ、巨乳以上にインパクトを感じさせるのす。

08.30.2011
忘れられた往年の大女優はまだ50歳!
昔の50歳は、今の50歳と感覚的には、もっと"年寄り"のような気がしたものでした。それは自分自身が年を取ったからだけではないようです。1950年に公開されたビリー・ワイルダー監督の「サンセット大通り」のグロリア.スワンソン演じる「ノーマ・デズモンド」というキャラクターは、ドラッグ.クィーンのお手本として、アメリカのゲイカルチャーでは永遠のディーバのような存在であります。
1920年代の大女優だったグロリア・スワンソンは、本作の映画製作時には、役柄と同じく忘れられたサイレント映画の大女優・・・そして大女優の若いツバメとなる売れない脚本家ジョー役には当時実際に売れていなかった若手俳優だったウィリアム・ホールデン、大女優に献身的に仕える執事(そして実は大女優の最初の夫であり、彼女をスカウトした映画監督!)のマックス役には、実際にグロリア.スワンソンとの確執によって映画監督生命を絶たれたエリッヒ・フォン・シュトロハイム・・・そしてサイレント映画時代から1950年代までハリウッドの監督して活躍していたセシル・B・デミルが本人を演じるという「現実」と「虚構」の入り交じったキャスティングで、異様なリアリティーを感じさせるのでした。
黄金時代のハリウッドの非情さと辛辣さを描いた皮肉に満ちた作品といわれる本作ですが・・・年上女性が若い男を自分の思い通りに財力で操ろうとしながらも結果的には捨てられるという、ある意味よくある話でもあります。映画の終盤、自分を捨てて去っていくと分かったノーマはジョーを銃で撃って殺してしまいます。「往年の大スターが殺人!」というスキャンダルに、警察だけでなくマスコミがカメラを持って大邸宅に集まっています。今でも大スターと思い込んで狂ってしまったノーマは、自分が主演女優として復帰する映画の撮影だと思い込んでいます。ずっとノーマの側にいて「虚構」を支えてきたマックスが、かつての映画監督であった時のようにカメラの後ろに回り「アクション!」と叫ぶと、役になりきったノーマはカメラに向かって大袈裟な身振り手振りの演技でカメラに近づいていきます。そして、徐々にモヤに包まれてノーマの姿は消えていき・・・映画は終わります。
驚かされるのは・・・忘れられた往年の大女優であるノーマ・デズモンドが「50歳」であったという設定(演じたグロリア・スワンソン自身は51歳)です。今の時代であれば"熟女"といわれて、モテはやされたりする年齢・・・そして何よりボク自身が、ノーマ・デズモンドと、それほど変わらない年齢であることに、愕然としてしまうのであります。

07.22.2011
品性なくても尊厳はあるのよ!
ファム・ファタールな女優/テレサ・ラッセルの、一番のハマり役だとボクが思っているのは、変態監督ケン・ラッセルによる「ボンテージ」の"リズ"という娼婦役であります。原題はずばり「WHORE」・・・娼婦という意味ですが「Bitch/牝犬」と並んで、女性に対する罵声として使われることの多い言葉です。ニューヨークで、この映画が公開された際に、映画館や工事中の壁などに「WHORE」というタイトルが目立つポスターが宣伝に貼られていた光景は奇妙でありました。
「ボンテージ」はリズ(テレサ・ラッセル)という街娼の二日間の出来事を回想を交えながら、モノローグでカメラに向かって(!)語るという映画。舞台となっているのは、おそらくアメリカ南部の街のダウンタウン。リズはヒモ男から逃げている最中で、人目につかないトンネル近くで客引きなんかしています。声をかけてくる男たちは、本当に最低な男ばかり・・・言いなりにならないと暴力を振るうなんて当たり前、無理矢理しゃぶらされたり、車内で輪姦されたり。トラブルから守ってくれるはずのヒモ男だって、裏切った売春婦を容赦なく腹を裂いてゴミのよう捨ててしまうのですから。男たちは仕事や家庭で得られなかった癒しを娼婦に求めながら、侮辱したり罵倒したりして、ストレス発散しているかのようです。娼婦は抑圧された人間からいじめを受ける最も弱い立場の人間として描かれ、公開当時アメリカでは「女性の人権を卑下している」とメディアに叩かれたのでした。
猥褻なスラングに満ちあふれたリズの台詞から、あまりの品性のなさには唖然とさせられます。ひと目惚れしたアル中の男(顔だけは良い!)と安易に結婚して子供が生まれる前に家庭崩壊。手早く稼ぐ手段として売春に手を出しているのも、彼女の自業自得なところもあるのです。ぺったんこの尻に、たるんだ腹のゆるい身体も無惨。しかし、彼女は母親として愛情がないわけでもないし、ある意味自立して働く女性でもあり・・・彼女なりの生きる"哲学"を持っていたりします。トイレの個室に他の娼婦が客を連れ込んで「お口のサービス」が終わったとき、リズは唯一の女友達から教わった"ある言葉"をリズは吐き捨ているように言うのです!
「DIGINITY!」
「尊厳」なんて・・・リズには似つかわしくない言葉だけど、決して他者をいじめることはしないリズ。映画の最後で彼女は復讐を果たして最悪の状況からは逃れることができます。そして、ひとりで前向きでたくましく歩いていく・・・そんな彼女の「健気さ」に、ボクは「尊厳」を感じてしまうのです。

06.29.2011
大人の階段を上ったの!
「愛の狩人」という映画をボクが初めて観たのは深夜のテレビ映画劇場・・・当時は一家にテレビは一台という時代だったので、夜中にこっそりとイヤフォンで音声を聞きながらテレビにかぶりつくように観たのでした。どうやって、この映画のことをボクが知ったのかは記憶にはないのですが・・・「あいのかりゅうど」というタイトルの響きに妙にエロさを感じて興奮してしまったのです。
原題の「Carnal Knowledge」とは広い意味での"性交"のこと・・・公の場でセックスを語ったり、映画で描かれることがなかった1970年代初頭という時代を考慮すると、挑戦的な作品であったことは想像出来ます。ニヒリストのプレイボーイのジョナサン(ジャック・ニコルソン)と、素朴でロマンチストのサンディ(アート・ガーファンクル)という大学のルームメイトで親友の二人の青年の1940年代から1970年代までの25年間に渡る性の遍歴を皮肉なタッチで描いていきます。
クールな女子学生のスーザン(キャンディス・バーゲン)は、サンディと付き合いながらも肉体関係を拒否し続けます。しかし、ジョナサンにはあっさりと身体を許してしまう不可解なスーザン・・・でも、結果的にはジョナサンを捨て、誠実なサンディとの結婚を選ぶのは、昔も今も世界どこでも変わらない女の"したたたかさ"のようです。ジョナサンは快楽だけを求めて、いくつもの情事を重ねながらも、女優のボビー(アン・マーガレット)と暮らし始めます。しかし、ジョナサンはボビーの気持ちを無視して、見捨てるのです。独り身にななり、過去の女性遍歴をスライドショーにして愉しむジョナサンは・・・すでに「性的不能者」になってしまっています。それでもなお「性」に執着して、娼婦(リタ・モレノ)との言葉プレイで恍惚となるラストシーンが、なんとも"痛々しい"のでした。
初めてこの映画を見た時には何を描こうとしているのか、性的には目覚めきっていなかったボクには理解できませんでした。しかし快楽だけを求め続けると、いつか「不能」という罰が当たってしまう・・・ジョナサンの惨めな姿が、トラウマのように脳裏には焼き付いてしまいました。しかし、自分自身がジョナサンの年齢になってみると「性」への執着も、理解できるところがあったりします。男も40代後半にもなると「やれるうちに、やっておかないと!」という気持ちにもなってくるものなのです。「好きな相手と、キチンと付き合ってからじゃないと、エッチはしたくない」なんて"いいわけ"も、いつの間にかしなくなっていました。
「愛の狩人」を観るたびに、ボクは"大人の階段"を上るような気持ちになるのです。

06.14.2011
悪ふざけもいい加減にしないさい!
まだ、ポルノ映画を映画館で上映していた時代(1980年代)のこと・・・「薔薇族映画」と呼ばれたゲイ向けのソフトポルノ映画が製作されたことがありました。その第1作目が、この「巨根伝説 美しき謎」であります。
ボクはこの映画のことは全く知らなかたのですが、アメリカのアマゾンを物色している時に偶然見つけてしまったのです。ジャケットの写真から、三島由紀夫の「憂国」のシーンを連想させました。しかし三島由紀夫夫人は氏の同性愛を匂わせる描写に対して頑に許可をしないので有名・・・ポール・シュナイダー監督の名作「MISHIMA」は日本では封印されたままだし、三島自身が出演/監督した切腹映画「憂国」さえ全集の一部として陽の目を見るまで長い年月がかかりました。それなのに、三島由紀夫の決起事件をネタにしたゲイポルノが日本で作られていたなんて驚愕です!
多くのピンク映画を監督したの中村幻児作品ということもあって、意外にも映画としてはしっかりとは作られています。公開当時(1983年)には話題になったようで、全国の成人館で上演され大ヒット、1995年にはロッテルダム国際映画祭に正式招聘されたりもしています。
ジムでトレーニングする若者たち・・・カメラは股間にズームインというオープニングで始まります。実はこのジムは、三谷麻紀夫(!)を隊長とする右翼グループのトレーニング場だったのです。何を目的としているのかよく分からない愛国集団で、野原で軍隊訓練とかやったりしています。しかし合宿所の夜は隊員同士のカップルで乱交・・・隊長が切腹ショーを演じて、それ見ながら隊員たちが興奮して、また乱交。「右翼=一心同体」ということで男同士でやりまくりです。三島由紀夫と盾の会をネタに「悪ふざけもいい加減にしなさい!」って感じです。
いよいよ警視総監を人質にしてクーデターを起こすことになるのですが、撮影にお金のかかるクーデター場面はなく・・・決起の前夜にセックスやり過ぎで寝過ごしてしまった隊員のカップルが、その後ゲイボーイとして女装して二丁目で働いているという結末・・・「巨根伝説」は?「美しき謎」は?という疑問には答えない"ピンク映画"らしいオチでした。
この映画が語り草になっている理由は、薔薇族映画第1作で興行的にも成功したというだけでなく、隊長の三谷谷麻紀夫役を、当時ピンク映画(ストレートもの)の常連男優だった大杉蓮(当時32歳)が演じているということ。スレンダーで口ひげを生やしたルックスは1980年代によくいた二丁目のホモそのもの・・・濡れ場ではベタベタの受け役を演じておられるのです。その後の怪演派の男優っぷりの片鱗をゲイポルノでも手抜きなしで見せつける大杉蓮・・・スゴイです!

![パーソナルに繋がるブログサイトChain Reactions[チェインリアクションズ]](http://www.chainreactions.org/images/logo.gif)





